「職場いびり」あとがき
あとがき

 まず、職場のいじめの大学版といえる、アカデミック・ハラスメント(アカハラ)について説明させていただきたいと思います。 日本の大学でもセクシャル・ハラスメントについて関心が高まってきた1993年頃、男性も受けている研究妨害や中傷いやがらせについて「アカデミック・ハラスメント」という言葉が自然発生的に現れ、大学関係者の間に口コミで広がっていきました。1995年、社会学者の上野千鶴子・東京大学大学院教授は、女性研究者が置かれている状況を集めた本を編集し、『キャンパス性差別事情−ストップ・ザ・アカハラ』(三省堂)と題しました。これによって、日本の大学・研究機関における性差別、セクシャル・ハラスメント、性的でない様々な嫌がらせが「アカハラ」と呼ばれるようになったと思います。私が、1998年3月、所属している講座の教授による研究妨害等の嫌がらせを訴えたとき、「アカハラ訴訟」と称したのは、この言葉がぴったりの内容だったからです。
 その後、「アカハラ訴訟」支援の会ホームページを通じて、同様の状況に苦しんでいる多くの人と知り合い、勇気づけられましたが、同時に、アカハラ被害の予想外の多さに驚きました。また、日本の多くの大学・研究機関や学界は小さく閉鎖的なため、被害を受けた人たちは周囲から孤立し、そのため非は本人にあるように見なされている場合がほとんどであることもショックでした。これがアカハラをなくすために本会「特定非営利活動法人アカデミック・ハラスメントをなくすネットワーク」(略称アカデミックNPO)を設立した契機です。
 日本の大学ではどこでもアカハラがあるらしいと知るようになって、では、外国ではどうなのだろう? また、大学に限らず、一般の職場いじめはどうなのだろうか? という疑問が湧き起こってました。インターネットで職場のいじめを扱っているサイトを調べてメールを送ったり、学会誌に投書したりして、何人かの人と知り合いになりました。その1人が本書の著書ノア・ダベンポートさんです。
 本書で、私は、職場のいじめ・嫌がらせに対してモビング(Mobbing)という言葉が与えられていることを知りました。本訳書では、「職場いびり」と訳しました。アメリカ合衆国におけるモビング(Mobbing)の最初の解説書である本書は、職場いびり(モビング)の被害者のために書かれた本で、これを読んだとき、身につまされ、共感し、日本におけるいじめ・嫌がらせも全く同じであり、標的になった者の苦しみも全く同じであることを感じました。個々の事例の中のいくつかは文化的相違のために理解しにくい箇所もありますが、インタビューに応じた人たちの話は、その場の状況までありありと目に浮かぶようで、また、本文の一行一行に胸が詰まりました。そこで、この本を日本にも是非紹介したいと思い、翻訳を思い立ちました。幸い、ボランティアで翻訳をしてくださる方が見つかり、緑風出版が翻訳権をとって刊行してくださることになりました。
 翻訳は、巻末訳者紹介に記載の七人の方に一、二章ずつ翻訳をしていただき、その訳文をNPOの数人で読み、日本語としてわかりにくいところ等を抜き出して、その部分については翻訳をやり直していただき、その後、全体のトーンを統一する作業をおこないました。著者からは、原文に忠実に翻訳してほしいとの要望がありましたので、監修時も、原著と翻訳文を見比べながら、文意はもとより、原著のトーンを日本語でも再現するように心がけました。翻訳者の方々、監修に携わってくださったNPOの方々のご苦労に感謝いたします。なお、本訳の刊行にあたっては、緑風出版の高須次郎さん、高須ますみさん、斉藤あかねさんにお世話になりました。改めて御礼申し上げます。
 最後に、本書の中から次の文を引用し、日本でも「職場いびり」の言葉が定着し、対策が進むことを望みます。
 「精神的虐待は職場において特別新しい現象ではありません。しかしながら職場いびり(モビング)という名前を与えることにより、そして派生して起こってくるいろいろな問題をあらたに認識することにより、組織は防止のために動き出すことができるのです」
 本訳書を多くの職場や組合の方々、行政機関や大学等の教育研究機関でも読んでいただき、職場いびりやアカハラをなくすための一助としていただきたいと存じます。

   2002年8月

 特定非営利活動法人アカデミック・ハラスメントをなくすネットワーク

   代表理事 御輿久美子(おごしくみこ)